龍の書5

州都1

お前たちが暮らす、このプルトの国の成り立ちを語ろう。
それは遠い昔、カルネ帝国が尽きせぬ繁栄の日々に在った頃にまで遡る。
そう、この国の成り立ちもまた、あの忌まわしい日々と無縁ではないのだ。
これから語る事は、我がタルムドの森に降り立った時に、長たるアズルド・アモスから伝えられた。
お前たちが人が二度と過ちを繰り返すことが無いようにと。

州都2

カルネ帝国はいくつもの州から成っていた。
この地に在ったワクト州は、その中でもよく栄え、帝都に劣らず華やかであったと聞く。
建造物は美しい模様の石で造られ、高い塔の立ち並ぶ大通りもまた、磨かれた石で敷き詰められていた。
今となっては見る影も無いが、その痕跡を僅かながらに残している。
我が人と試合をするあの舞台。あれは我がタルムドで任に就いた時にはまだ、大通りの敷石であったのだ。

州都3

ワクト州の中心地をサイと呼んだ。
都はプルトの西に在り、その中心地には美しい塔が建っていた。
サイの都は人で溢れ、今のプルトの総ての民を合わせた数よりも多くの人々が来訪した。
訪れる人は皆一様に、サイの塔を誉め称えた。
旭光に輝く翡翠色の塔は、まさに栄えるワクト州の象徴であり、その中には貴重な神々の遺産が多く眠っていると言われていた。

州都4

エッジが神々の遺産をあばき、カルネ帝国の栄光は、その帝都と共に灰燼に帰した。
その被害は帝都全土に及び、ワクト州もそれを免れることは無かった。
美しかったサイの都は、まるで太古の廃墟のように瓦礫に埋もれ、数多くの命が失われた。
だが、サイの塔は残った。生き延びた人々はいつしか、この輝く塔を希望の象徴と見なした。
この塔の在る限り、必ずや都は復興すると。

州都5

復興は塔の周りから始まった。風雨を凌ぐ家を建て、子供たちの通う学校を建てた。
人々は大通りの瓦礫を拾い集め、神殿を建立した。半年を数える頃、姿を消していた鳥や魚たちも帰って来た。
森の木々が実りをもたらし、人々は飢えを凌ぐ事ができるようになった。
都は活気を取り戻し、再び平穏な日々を取り戻したかに思えた。
忌まわしきアベンの門扉が開かれるまでは。

州都6

その噂はサイの都にも流れて来ていた。異形の侵略者が人々を脅かしていると。
神殿に集まり脅える人々を識者がなだめた。それは混乱が生んだ、ただの噂話だから案ずる事は無いと。
だが、幾日も待たずして、タルムドの森で新しいアベンの門が、その黒々とした口を開けた。
異様で強大な侵略者の群れに立ち向かえる者は一人としていなかった。
人々は絶望の淵に叩き込まれ、逃げ惑うばかりであった。

州都7

やがて、どす黒い邪気の匂いを感じた我ら龍族とノラム人が駆けつけた。血で血を洗う戦いが続いた。
龍族とノラム人は能く戦い、アンゲロス共をタルムドの森へと押し返そうとしていた。
これで戦いは終わると、誰もが信じた。だが、我らは油断していたのだ。
迂闊にも手薄になった都を背後から衝かれた。
都にいた者は、瞬く間にアンゲロス共の醜く鋭いツメの餌食となった。

州都8

全ての希望は失われたかのようであった。サイの都復興の夢も打ち砕かれ、多くの人が侵略の犠牲となった。
生き延びた人は、ただ侵略者の目を避けるように、日の射さぬ場所で身を寄せ合っていた。
だがこの時、一人の男が失意の底で脅える人々を奮い立たせ、夜の闇に紛れるように人々を率いてエレシュ山へと逃れた。

州都9

この男、ザカー・ミナスはカルネ帝国時代、ワクト州軍の技術士官を務め、サイの塔に眠る神々の遺産を護る任に就いていた男だ。
冴えない男と言われていたそうだが、混乱の時は人の真価を問う。
それとは対称的に、勇者と言われた彼の上官は真っ先に都を捨てた。人が弱いのは、致し方無き事かも知れぬが。
人よ、強き魂を持て。忘れるな。弱き者の救いとなってこその強さぞ。

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